■目次
■ファイナルギアとは
ファイナルギア(最終減速歯車)とは、トランスミッション(減速機)の回転出力を、末端で一律の減速比を掛けて調整する部品で、主にデフとセットになって取り付けられている。
カタログの諸元表を確認すれば、自分の車に搭載されているミッションの各ギア比や、ファイナルギア比を知る事は出来る。(限定車や中古車だと変更されている可能性もあるので注意)
ただ、このギア比だけを見ても、数えきれない程の車に乗ってきたプロドライバーや評論家でもなければ、正直言って、ギアの繋がりや加速力などをイメージ出来る人なんてほとんどいないだろう。
結局のところ、乗ってみてフィーリングを感じたり、入念にデータを取って比較する他にない。
ここで、簡単に減速比とは何なのかを説明したいと思います。
エンジン回転(厳密にはクランクシャフトの回転数)が3000rpmだとしたら、間に減速機がなければ車輪は3000rpmの回転をそのまま出力する事になる。
もし、これがそのまま出力されるとなると、例えば265/35R18のタイヤだと外径が約643mm。
単純計算だと3000rpmで363.4km/hも出ちまうって事になるわけだ。
現実として、そんなに車輪を回せる力がないので発進すらままならないとは思いますが、これを解決するためにミッションがあり、各ギアの減速比によって出力回転数が機械的に制御されている。
同時に、減速比が大きく、出力回転数が低くなるのに反比例して軸トルクが大きくなる。
これと同じ理屈で、ミッションのアウトプットシャフトの回転数も実際には速過ぎるため、ファイナルギアで更に減速を行い、最終的に車輪を回す速度を調整している。
ここで減速と聞くと、なんだか車が遅くなってしまいそうな印象を受けると思うが、先程も言った通り車輪を回す軸トルクが大きくなるので、減速比の大きなギア、つまりローギアが最も力があり、加速力に優れると言う点は無視出来ない。
実は、これがファイナルギア交換を定番チューニングとして語らせる原因にもなっているのですが、上記の説明を読めば気付く人もいると思います。
そう、充分なトルクがあり、充分に加速出来る性能があるのなら、無理にローギアに振る必要もないのである。
それがそのままの回答で、メーカー標準仕様と言う事になるのでしょうが…。
とは言っても、同じスペックのマシン同士が勝負しようとした場合、少しでも加速を有利にと考えれば、当然選択肢には含まれてくるので、要らないと一言に片付けられるものでもない。
しかし、ローギアに振れば各ギアでの最高速度は低くなるので、コースによっては不利となる場合もある。
ふと気付く事はないでしょうか?
その通り。何故かファイナルギア交換と言うと、ほとんど人がローギア化すると言う認識を持つ様だが、実はそうではない。
コースによって適切なギア比を選択する物であり、当然ハイギア化すると言う選択肢もあるのです。
この時、加速力と最高速のバランスなどを考慮し、入念なシミュレーション基いて最適なギア比を選ぶのが、本来のファイナルギア変更と言うチューニングメニューだ。
ギア比のシミュレーションにはGPSアプリやロガーなどでログを取るか、実際にコースを走りながら、どこでレブるのか、どれくらい回転数上限に余裕があるのか、車速はどれくらい出ているのかなど、要所毎に把握できる何らかの指標があると良いでしょう。
ログの収集にはRaceChronoと言うアプリを使用しています。
実際に各ギアの回転数と車速の関係をシミュレーションし易い様に、計算表を作りましたので、必要な方はダウンロードしてご利用ください。
ギア比・車速計算表(gear_ratio.xlsx<11.6KB>) ダウンロード
※デフォルト値は後期マツダ・RX-8 TypeRSの標準データです。
※補正損失率はメーター表示基準の場合は0%とし、ギア比セッティングなどのコース適正を確認する場合は4~8%程度に設定してください。
生産終了した車種にお乗りの方で、自分の車の諸元表が手に入らないと言う方は、極端にマニアックな車種でなければ以下のサイトで見付かるかもしれません。
greeco channel(外部サイト)
※右側メニューの中ほどにメーカー別の項目があります。
■シフト回数と無視できないシフトロス
余談ですが、クロスミッションって名前を聞いた事はないでしょうか?
ローギアのファイナルのように、加速重視に振ったトランスミッションの事ですが、あちらは単純にローギアと言うわけではなく、各段のギアとギア比が近い、所謂ステップ比が重視されたミッションです。
ギア比が近いと、極端な言い方をすれば上のギアにシフトしてもパワーバンドから外れません。
レブリミット9000rpmでシフトすると、上のギアで7000rpmとか、ほとんど回転は落ちないがレブリミットまでの猶予もほとんどないので、ガンガンシフトアップして行く事になります。
加速は鋭いが、シフト回数が増え、忙しいと言うデメリットがありますね。
対してファイナルギアは、ミッションのギア比には影響を与えません。
繋がりは今現在のミッションから変わらないため、シフトしてパワーバンドから外れるステップ比であれば、どう足掻いても、どんなに上手い人が乗っても回避出来ません。
そして、ファイナルギアをローギアに振れば、ミッションのギア比が全体的に一律でローギアに振れ、ハイギアに振れば、一律でハイギアに振れると言う事。
なので、選択肢としてはホームコースで多用するギアに重点を置いて、どれくらいのギア比が良いのか探る事になります。
それでは実際に例を見てみましょう。
一本クヌギスピードウェイを例に挙げると、ほとんどの車種は1・2速がメインになる事が多いと思います。
しかし、同じ1・2速を使うにしても、レブリミットやタイヤ外径などの違いから、シフトポイントは異なりますし、最高速も異なります。
過去にロードスターで走っていた頃は、ホームストレートで2速まで使用していましたが、後にファイナルギアを3.9から4.3へ変更して3速まで使う様になりました。
更に、1コーナー進入で2速へシフトダウンと言う操作が加わります。
車速は伸びますが、シフトチェンジのロスは意外と無視出来ず、ストレートエンドの車速は極端な差にはならないです。
また、シフト回数が多いとミスをする可能性も増えるので、可能ならシフト回数は少ない方が理想なんですよね。
これが、慣れない人は2速ホールドで走った方が速いと言われる理由の一つでもあり、実際シフトチェンジに費やす時間って結構大きいのです。
クラッチを切って、シフトレバーを操作して、再びクラッチを繋いでからアクセルを踏み込む。
この間、加速せず惰性で走っている時間が生じますが、あのGTRのコンピュータ制御でさえ0.2秒です。
いや、実際0.2秒って凄いのですが、それが故にこの0.2秒を超える事は極めて困難だと言う事がわかるかと思います。
実際0.2秒でシフトチェンジが出来ると仮定してクヌギを1周した場合、シフトアップは少なくとも3回は行う作業です。
シフトダウンをカウントしないのは、減速時に行うため、ロスをスポイル出来るからであり、あくまでもタイムロスとしてカウントされるのはシフトアップ時だからです。
それでも無条件で0.6秒が加算されるとなると、シフトしなかったら今より0.6秒速く走れる可能性があるって事ですよ。
まあ、これは極論ですけどね(笑)
ちなみに、実際には手作業で0.4~0.5秒って時間を費やします。
1秒以上がシフトアップしている時間だって考えると相当大きいでしょう?
なので、ファイナルギアを変更する際は、このシフトロスと加速力によって削れるタイムを天秤に掛け、どちらが得なのか?と言う判断を迫られる事になります。
オートポリスの様に200km/hクラスの長いストレートがある場合や、アベレージの高いコースであればトップスピードに猶予がある範囲でローギアに振った方が良い結果に繋がる場合が多いのですが、そもそも使用するギアが限定的なショートコースなどでは一概にそうは言えなくなる。
ちなみに、ファイナルギアの変更を擬似的に体験したい場合、同じ効果を得る方法があります。
それが、タイヤの外径変更です。
外径を小さくすればローギア寄りに、大きくすればハイギア寄りになります。
ギア比の様に大きな変化にはなりませんが、ギア比変更後の微調整などには使えるので、覚えておいて損はありません。
これらの計算も、冒頭で配布している計算表でどれくらいの差が出るのか算出する事は可能ですので、是非シミュレーションに加えてみてください。
■選択のためのシミュレーション
まずログを扱う上での注意ですが、ヘアピンなど低速コーナーの車速ログは宛になりません。
理由は、ECUの制御データをロギングしている場合、タイヤの撓みやスリップから僅かに速い方に誤差が出ます。
逆に、GPSだと位置データから計測するため、小回りすればする程”地点移動速度”が小さくなるので、実際の旋回速度より僅かに遅い方に誤差が出ます。
極端な例だと、GPS計測でノーズターンなどをすれば、その時点での旋回速度は0km/hに近付く事になります。
ストレートや緩やかなコーナーのデータはドリフトでもしない限りは参考値としては十分だと思います。
それでは、実際にデータ収集をしてシミュレーションしてみましょう。
クヌギのホームストレートから1コーナーを抜け、奥の3コーナーまでは2速です。
ここから先のインフィールドに注目してギア比選択の例を説明したいと思いますが、各ポイントに振ってある番号はシフトチェンジのポイントで、どのギアにシフトするかを表しています。
3コーナー入口で1速へ落とし、4・5複合コーナーの途中で2速へシフトアップ。
中ストレートエンドで1速に落として、そのままS字をクリアし、バックストレート側へ立ち上がってから2速へシフトアップと言った感じです。
この時の仕様が次の通りです。
損失率を設定してあるのは、GPSレシーバを用いたロガーで入念にデータ収集した結果、レブリミットに達している時点での実速度と、計算上の理論値との差が約8%である事から設定しています。(上のギアへ向かうに連れて損失率は低くなる傾向)
この仕様だと、計算上は1速で60km/h出るはずですが、実測では54~55km/h程度となります。
ここで改めて先程のログを確認してみると、3コーナーをクリアした後、複合コーナーの途中でレブリミットに達して2速へシフト、そしてS字は1速でクリアしますが、この際にレブリミットに当たったまま引っ張っているので車速が55km/h以上伸びないと言う問題があります。
ここで走り方を変えてみましょう。
3コーナー進入時に1速へ落とすまでは同じですが、複合コーナーを1速のまま我慢して、中ストレートへ立ち上がってから2速へシフトアップしてみます。
その他は同じなので、実際のログから確認出来る速度などを見ても、どちらが良いかは微妙なところですね。
複合の途中でシフトアップすると姿勢を乱す事があったので、その辺りを考慮すると立ち上がってからシフトアップした方が再現度は安定するかもしれませんが、ギア比的には限界を感じますね。
では、2速で複合コーナーを曲がってみましょうか。
レブリミットに当たらないので車速は伸びているのがわかりますね。
しかし、中ストレートの立ち上がりがダルくなるためか、ストレートエンドの車速は落ちましたが、シフト回数が減っているためか、タイムに大きな差は出ません。
それでは思い切って2速ホールドで走ってしまおう!
2速で曲がり易い様にラインの工夫などはしていますが、先程と多くは変わりません。
意外なのが、S字の加速区間ですが、2速だとレブリミットの心配はないのに、加速が鈍くて53km/hしか出ていません。
これでは1速で走った方が速いと言えますね。
そのままダラダラとバックストレートへ立ち上がるのですが、ストレートエンドは伸びています。
ただし、到達時間は遅いのでタイムは先程と比較しても悪化が見られました。
これらのデータから言えるのは、最高速で65~70km/h出る1速ギアなら、シフト回数は減らせて、且つ、加速力も極端には悪化しないのではないかと言う事。
それでは、試しにファイナルギアをハイギア化してみましょう!
と言う事で、上の様な仕様を試してみる事にしました。
確かにフィーリングは少し鈍くなった様に感じますが、計算上の数値的には悪くなさそうな印象を受けます。
果たして結果は良い方向に向かうでしょうか。
4.7から4.1のファイナルギアへ変更してみた結果、3コーナー入口で1速へシフトダウンし、そのまま1速ホールドでインフィールドをクリアします。
このギア比だとなかなか良い感じで、4・5複合コーナーの車速の伸びも良く、S字でのレブリミット頭打ちもない。
…が、まさかの中ストレートでレブリミットに当たってしまい、66km/h以上出ません(笑)
計算表の数値がそのまま見事に的中した形なので、正しい結果と言えるのでしょうが、ハイギア化した事により加速が鈍くなっていると考え、66km/hを超えないのではないかと考えていたのですが、RX-8のパワーでももう少し伸び代はある様です。
しかし、タイムは今までで一番良い感じですので、狙いは当たっていますね!
さあ、ここからが冒頭で配布しているギア比の計算表が役に立つ部分となりますが、狙いにかなり近いところまで仕上がったら、微妙な差をどうやって解決するかと言った点ですよね。
そこで、仕様をこの様に変更してみました。
265/35R18を使った場合は1速の最高速度は66km/hでした。
対して、タイヤサイズを255/40R18に変更してみると、計算結果は68km/h出るだろうとの予測値を返して来ました。
さあ、この結果を基にタイヤサイズを変更して走らせてみたいと思いますが、果たして結果は良い方向に向かうでしょうか?
ここから先は、是非みなさんもログを分析しながら、入念にシミュレーションしてみてください。
これらのセッティングはあくまでも一例であり、思いっきりローギアのファイナルを組み込んで、1速を使わない!と言った割り切った選択肢もあります。
自分が乗り易いと思うセッティング、有利だと思うセッティングを探してみてください。
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